【恩師】

数年前、子供を連れ立って釣りに出かけた時の事。釣り具屋の前で犬の散歩をしている初老の男と目が合った。

「宮川先生。」
「...とみじ。」

「富治」は俺の名前である。同級生や地元の後輩達は昔から名前で呼ぶ。「山田」、「山田さん」は社会人になってからなのだ。
もう30年からの歳月が流れているのに、中学校時代のその器械体操部の恩師は当時のその呼び方で呼んでくれた。
何千人、いや何万人という生徒達が目の前を通り過ぎていったことは容易に想像できる分、ありがたいというか感動的だった。



昨年の秋、釣ったアオリイカを持って宮川先生宅を尋ねた。
数年前に会ったその日に「俺んちぁアコだから今度いつでも遊びに来い」と言われていたし、なんかこう、「そろそろ昔話もいいかなぁ」とか思ったから。
玄関の前に立つも、「主人ですか?あの...もう...」なーんて言われて仏壇の前に案内されたらどうしよう?なんぞと少し不安になった。

「こんばんはー」
「はぁ〜い」
「あの...宮川先生のお宅はこちらですか?」
「..はい...そうですけど...」

あ、やっぱ行っちゃってたか?

「あのぉ〜、中学の時に体操教えてもらってた山田といいます。イカ釣ってきたんで差し上げようと思って寄ったんですが..」
「あらま、そうなんですか!?まぁ〜わざわざすみません!お父さん、お父ーさん!」

い、い、生きてた!

「おーーー!富治!!!なつかしいなぁ〜!まぁ上がれや!」
「いや、とりあえずこれだけ置いてくわ。今日は遅いからまた日を改めて伺います」
「いいっけん、上がれてば!お茶の一杯くらい飲んで行けて!」

強引な誘いを断る理由もなく、むしろ期待してのことだったので遠慮なくお邪魔することにした。

「もー奥さんのリアクションがその雰囲気だったんで、てっきり仏壇の前に連れて行かれるかと思いましたよ」
「なに言ってんだや〜!勝手に殺すなや〜!ガハハハーーー!」

今は定年退職されて隠居の身とのことだが、宮川先生は古き良き時代の熱血教師だ。
部活(器械体操)の大会が近付くと、教え子が勝てるようにとおまじないと愛情を込めて昼飯はカツ丼。
普段はラーメンだったらしいから、きっとジンクス大好きだったんだろう。



「あの頃教えてもらった事を振り返って今でも筋力トレーニングしてるんですよ」

そんな話しから近況報告につなげようかと考えていたが、年取ると...人の話なんぞ聞きやしねぇ(爆)。
-ペットロス-その数年前に会った時につれていた犬が死んでしまったことについて、ただただ延々と聞かせられた。
その話しぶりから「まるで自分の子供のように可愛がっていただろうな」と、容易に想像できた。

あとは釣りの話し。先生が幼かった頃、「海がこんなで、魚がこんなで、先輩から受け継がれた秘密のポイントがあって...」
思考回路が逆転するのに年齢は関係ない。そんな会話=聞かせること=を楽しんでもらえたことがむしろ嬉しくもある。

彼はリタイアを期に自動車の運転をやめたそうだ。生徒目から見ても車好きの部類だったはずだが、「これからは助手席」なんだとか。
勇気というか決断力というか、そういうところは衰えていない。引き際について、あらためて考えさせられた。
帰り際...自身が親になってからずーっと気になってたことがあって...その疑問を奥さんに投げかけてみた。

「すみません、自分が親になって初めて気付いたんですが、休みの日に他人の子供を教えるために出かけることについて、ご迷惑ではなかったですか?」
「もーーーーーっ!いろいろあったんですよーーーーーっ!」

ひぇぇぇぇぇ〜!すっげー勢いで思いっきり愚痴られてしまった。
そんなことないですよ〜、とか、気にしないで下さい、とかが社交辞令だろ(涙)。

「でも、教師というのは、、、そういう商売でしたからね」

最後はそんな一言で締めくくってくれた。このプロ意識こそ現代に欠けている所なんだろう。
その分俺たちが良き思い出を作れたことに対し深く感謝を述べ、また来ることを約束しその場を後にした。



【ドラえもんとサザエさん】

ドラえもんを見ていてふと気が付いた。のび太のかーちゃんが年下に思える!設定年齢は定かではないが、初めて見たときはあきらかに「おばさん」だった。
のび太のとーちゃんはかろうじて年上に思えるが、設定からするとたぶん俺よりずっと年下なのだ。

そういえばサザエさんもそうだ。たまの仕草が「かわいい」とか思ってしまうから怖い。
精神的にはのび太やカツオとオーバーラップしているところがあるが、波平も、フネも、自分の意識が追いつき追い越す時がいずれくるんだろうか?

-いったい、いくつまでこの仕事を続けるんだろう?-

`62年生まれの`07年現在45歳。27歳で独立してからあっというまに18年の歳月が流れた。
開店からつきあってくれてるリフトや数々の機械・工具にも疲れが見え始め、オレじゃないとわからない癖なんかがあったりして、それをうまく騙しながら使い続けている。

店を始める前からのお客さん(仲間?)も順次親になり、車好きなりにもそんなに無茶をしなくなった。
少しずつ少しずつ、人の思考は成長し変化する。そんな当たり前のことをまったく考えずこの仕事のスタートを切った。
時の流れとか将来のビジョン、これが両立する先を見据えた計画があって始めたならどうだったんだろう?

作業をしながらふとそんなことを考えると、方向性や考えもなしに始めた自分がなんとも滑稽に思えてくる。
好き勝手なことをやってきたので後悔なんて微塵も無いが、いつのまにか残りの時間を考える世代に来てるようだ。
年取っていい仕事ができなくなる前に、自らの意思で手から工具を離すべきなんだろう。。。そんな風に思う。
そう考えると引き際まであと10年、いや、あと5年くらいか?きっとまた「あっ」というまに時間が流れる。