プロって何だ?

近未来的ガソリンスタンドのあり方?

最近、ガソリンスタンドの看板に「セルフ」「セミセルフ」「フルサービス」という語句をよく見かけるようになった。
「セルフ」と「フルサービス」はわかるにしても、「セミセルフ」って何だ?

ガソリンスタンドのアルバイト経験者である次男坊に話を聞くと「ガスは入れるけどゴミの始末とか窓拭きとかはしない、それがセミセルフ」と言われた。

彼らのアタリマエがおやじ世代には理解しがたく、話を聞いていても「スタンドによって概念がちがうのではないか?」と怯えてしまう。
結果として「セミセルフ」なんていう曖昧な言い回しをしているその輩に、小心者の私には近付くことができない。



保証規定

先日入庫された常連さんの車のウォーターポンプ周辺から水漏れを発見。実はこの車、昨年の6月にウォーターポンプを交換しているのだ。
そもそもその時点でウォーターポンプ他、何の問題もなかったのだが、10万km走行による事前整備にて交換したヶ所だ。



そのウォーターポンプの納品伝票を確認すると2004年6月1日。今日は2005年6月9日。
でも実際に施工したのは確か伝票時期と多少ずれていたハズである。

早速東京にある供給先=○○○専門の部品商に連絡すると「保証期間は1年ですね。1日でもずれていると対象外です」とつれない回答である。
「でも実際に施工したのは納品日とずれていると思うんですが。それでも納品日付けから1年なんですか?」
「1日でも過ぎているとダメです。大きな会社ですから。それでも1年はしっかり保証していますからね。良心的な方ですよ。」

なんかカチンときた。

「納得できないんで○○○に連絡してもいいですか?カスタマーセンターでしょうか?どこにどうやって連絡すればいいですか?」
「カスタマーセンターでしょうね。連絡先はどこにでも出てますから。納得できないなら確認すればいいんじゃないですか?」

めちゃくちゃカチンときた。

「ではそうさせていただきます」



ハテ?全国にある自動車屋さんは整備工場にあらず?

「純正部品の保証期間は2年間です。ところで、どちらで整備されたんでしょうか?」

「地元の整備工場ですけど」



「ではクレームは一切受け付けできません」

かなり強い口調である。こいつ、まるで「断り係り」だな。

「正確に整備がなされていたかどうか?という問題もございますので、正規ディラー以外での整備の場合は保証対象外となります」

整備ミスはクレーム外というのはアタリマエのことだろ?...ん?待てよ。これって「売られた」ってことだよな。んじゃ「買っちゃおう」。

泣き寝入り?できません。

「実際に分解してみないと正確なお話しができないのは十分承知しております。では...」

@「お話ししているのは『部品不良の場合の部品クレームについて』ということで、『整備ミスによる壊した部品についての保証をしろ』ということではありません」
A「正規ルートでの供給部品が不良であっても正規ディラー整備のみに認定されるとは、そこ(整備委託先)にユーザーの『選択の自由はない』という解釈でよろしいんでしょうか?」
B「正規ディラーで整備された場合のみ部品のクレームが効くというのは、○○○にとって日本全国にある認証整備工場は『整備工場じゃない』という解釈でよろしいんでしょうか?」

立て続けに「ああ言われた」ので「こう言って」みたら「...少しお待ちいただけますか?」と電話口で2分ほど待たされた。待たされた後の解釈は
「たいへん失礼致しました。私共が間違っておりまして...まずは購入先を通じてご返却ください。確認後、部品に問題があればクレームにて...」



ディラー神話

もちろん声など荒立てない。相手にしてみれば「大多数分の一」であり、常に「正当な申し出ばかりを相手にしている」とは限らないのだ。
所詮は人と人。同じ話をしていても見ている方向が違うとすれ違いも生じる。丁寧に説明してやらないと意図するものが伝わり難いのも確かだ。

しかし、である。彼らの言う正規ディラー工場はこんな仕事をする時もある。何を根拠に「正規ディラー整備の全てを認めろ」と言うのか?



このお客さんは○20→○28と乗り継いでいる。この○シリーズがお気に入りだし、とても大切にしている。少なくとも私はそれを知っている。
でも今回の件は提供側=○○○ジャパンにとっては多数の中の「1」であり、どういった思い入れや思い出があるかなどは知る由もない。

人間、いろいろな立場でいろいろな仕事をしている。が、真剣に向き合いもせずに組織だけが大きくなってしまうとその分、歪も大きいように思う。
どちらにせよ人がかかわっていることである。間違いなんてどこでも起こりえる。それについては提供側もユーザー側も認識すべくところなのだろう。

「ディラーさんは整備で持っていくと話も通じてないくせに、人の顔を見れば『そろそろ新しい車に乗り換えませんか?』と擦り寄ってくる」と誰かが言っていたのを思い出した。



「○○屋っていうところがネットでガンガンとサスペンション売ってるみたいですよ。社長んところも特約店なんですから、やったらどうですか?」

商売をやっている以上、数字との戦いが必ずある。インターネットに携わる中、いろいろな意味でマーケットがどんどん広がっているのも確かだ。

私は、というかこの店=ユーロコレクションは店主・山田と主任・山崎の二人三脚で展開している。
あと何年続けられるのかわからないが、間違いなくこの店は私の代で終わらせる。それまで「このまま」である。

長男はこの7月で21歳になる。高校卒業後クリーニング屋の営業を経て、今は偶然にも店の裏手にある環境衛生公社に入社することができた。
次男はこの春高校を卒業し、私の道楽のコネを通じ、新潟市内にある大手釣具店に正社員目指して?アルバイトに行っている。
三男坊も四男坊も彼らに続いてはいるのだが、興味を持ってして「継ぎたい」と言ってきたとしても、別な道を歩かせる。

この店は私個人の夢であり、彼らの人生とは何らかかわりを持たない。
彼らの目指す未来がどこにあるのか?それもわからないが、父親の人生とは同一線上にはないのだ。

ネットでの販売や後継者の話しも共通するところがあるのだか、とかく第三者は「数の原理」だけに走りがちで、「誰かもそうしているからそうしてみろ」と言ってくる。

ほんとうにそうなのか?

たとえばサスペンション。

後から手を加えられる個所で、こんなにも個性的に自分(車)をアピールすべく味付けが可能な個所は他にない。
同じ物を組み付けても消耗品の交換ノウハウや組み付け方法で、これまた違った乗り味になる。

   

   

人の倍ほどもかかる作業時間はアワーレート×を必然的に押し上げる。押し上げられた正当報酬がその仕事に対する緊張感と入れ込みにつながる。
こだわればこだわるほど作業工程は加算され、価格中心の販売体系の中に「質の高いサービス」は、私の場合は存在しない。

そもそも何をもってしてプロなのか?

結局のところは需要とバランスしなければならない。それはすなわちユーザーの満足の度合いとも言える。
自分自身が「プロだ」とわめき散らすのではなく、提供を受けた側=ユーザーが判断してくれる事なのだ。